「呼びかけても、反応がありませんでした」——始めた胸骨圧迫は、間違いではありません。傷病名は「脳出血の疑い」でした

「呼びかけても、反応がありませんでした」——始めた胸骨圧迫は、間違いではありません。傷病名は「脳出血の疑い」でした

深夜の巡回で、グループホームの職員が70代後半の女性の反応がないことに気づきました。職員は119番通報し、通信指令員の指示に従って胸骨圧迫を始めました。救急隊が着いたときには首の脈が触れ、酸素の値も保たれていました。救急蘇生法の指針2025は「心停止でない傷病者に胸骨圧迫を行ったことで重大な障害が生じたという報告はありません」と書いています。現役救急救命士が一次資料の原文で解説します。

今日は、「反応がない」の見きわめ方の話をします。傷病名でいうと脳出血の、その疑いです。

この記事は、実際にうかがった事案をもとにしています。年齢は幅で、場所や日付は書きません。救急隊は診断をしません。書く傷病名は、あくまで現場で疑ったものです。

灯りがひとつだけの深夜の廊下 深夜の巡回で見つかりました(写真はイメージです)

先に、3つだけ

  • 家庭で確かめるのは、呼びかけまでで十分です。痛みを与えて反応を見るのは医師や救急隊の手順で、家族がまねる必要はありません
  • 胸骨圧迫を始めたのは、間違いではありません。市民の手順に「脈を確認する」工程はなく、迷えばすぐ始めるのが原則です
  • 本人が話せない状態のときほど、そばにいた人の情報が役立ちます。「最後にいつ元気だったか」は、検査より先に医師が知りたい情報です

1. 傷病名——疑われたのは「脳出血」でした

通報したのは、高齢者施設(グループホーム)の職員でした。深夜の巡回で、ベッドの上の70代後半の女性に反応がないことに気づいたそうです。最後に元気な姿が確認できていたのは、その約1時間前でした。

いびきのような呼吸をしていたため、職員は119番通報し、通信指令員の指示に従って胸骨圧迫を開始しました。

私たちが着いたときの数字です。

  • 強い痛み刺激を与えても、まったく反応がありませんでした
  • 血圧 229/122(搬送中は224/144)
  • 瞳孔は左右とも4.0mm、対光反射(光を当てると瞳孔が小さくなる反応)はありませんでした
  • 呼吸20回・努力呼吸、脈拍72〜84回、SpO2は93%(酸素投与後98〜99%)
  • 熱はなく、けいれんもなし

首の脈(総頸動脈)は触れ、酸素の値も保たれていたため、私たちは胸骨圧迫を中止し、酸素投与に切り替えてお運びしました。

既往に高血圧、認知症、そして脳出血がありました。普段の身のまわりのことは、自分でできていた方です。

『MSDマニュアル家庭版』の「脳内出血」は、原因の最も多いものをこう書いています。

脳内出血の原因で最も多いのは以下のものです。慢性の高血圧(細い動脈がもろくなる) (MSDマニュアル家庭版「脳内出血」)

高血圧の既往と、229/122という数字。私たちが脳出血を疑った理由のひとつです。(頭痛のない脳内出血の記事もご覧ください)

整えられた居室のベッド 1時間前まで、いつもと変わりなかったそうです(写真はイメージです)


2. 症状のサイン——「反応がない」を、医師はこう確かめます

『MSDマニュアル家庭版』の「昏迷と昏睡」に、医師がどう反応を確かめるかが書かれています。

患者に意識がない場合、医師はまず声をかけて起こそうとし、次に患者の腕や脚、胸、または背中を触って起こそうと試みます。これらの方法で患者が目を覚まさなければ、爪床を圧迫したり皮膚をつねったりして、痛みや不快感を伴う刺激を与えます。 (MSDマニュアル家庭版「昏迷と昏睡」)

呼びかける→触れる→痛みを与える、と段階を上げていきます。今回の方は、この最後の段階でも動きがありませんでした。

ただし、これは医師や私たちの手順です。家庭や施設で、痛みを与えて反応を確かめる必要はありません。呼びかけて反応がなければ、それで「反応なし」です。確かめ直している時間が、いちばん惜しい時間になります。

眼についても、こう説明されています。

正常な瞳孔は、暗い所では大きく開き(散大)、光が当たると小さくなります(収縮)。しかし、昏睡状態の人では、瞳孔が光に正常に反応しないことがあります。 (同)

「いびきのような呼吸」の見分け方は別の記事に書きました。

窓の格子越しに差し込む光 反応があるか、ないか。家庭で確かめるのは、そこまでです(写真はイメージです)


3. 受診の判断——迷ったときは、脈を探さずに119番

総務省消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』は、高齢者ページの「意識の障害」の欄に、こう書いています。

意識がない(返事がない)またはおかしい(もうろうとしている) (消防庁リーフレット『救急車を上手に使いましょう』高齢者ページ)

消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」でも、入り口の設問に「しっかりと受け答えが出来ますか?」があり、「いいえ」なら症状の一覧を飛ばして「意識がおかしい」の画面に直行します。そこにある16個の項目は、どれを選んでも「いますぐ救急車を呼びましょう」という同じ結果です。本人の説明を必要としない設問です。

そして、救急蘇生法の指針2025(市民用)は、こう定めています。

「反応なし」と判断した場合はもちろん、反応があるかないかの判断に迷う場合、またはわからない場合も心停止の可能性を考えて、次の「3)119番通報をしてAEDを手配する」に進みます。 (救急蘇生法の指針2025 市民用)

同指針は、心停止でない人に胸骨圧迫をしても「重大な障害が生じたという報告はありません」とも書いています。手順に、市民が脈を確認する工程はありません。「反応があるか」と「普段どおりの呼吸か」の2つで判断します。職員が胸骨圧迫を始めたのは、この手順のとおりでした。到着後に脈とSpO2を確認して中止したのは専門的な評価が入ったからで、最初の判断が間違っていたわけではありません。

固定電話の受話器 脈を探すより先に、119番でした(写真はイメージです)


4. 家族へ——伝える情報は、検査より役立つことがあります

MSD家庭版には、こんな一文があります。

知っていますか?昏睡の原因を特定する上で、家族や友人からの情報が、診断検査よりも役立つことがよくあります。 (MSDマニュアル家庭版「昏迷と昏睡」)

同じページには、聞かれる内容の例も並んでいます。

その他の症状(頭痛や嘔吐など)が現在または過去になかったか 最後に正常に見えたのはいつか いつもと違うものを食べたり、旅行したりしなかったか (同)

消防庁のリーフレットも、救急車が来たら伝える内容として次を挙げています。

事故や具合が悪くなった状況 救急隊が到着するまでの変化 行った応急手当の内容 具合の悪い方の情報(持病、かかりつけの病院やクリニック、普段飲んでいる薬、医師の指示等) (消防庁リーフレット『救急車を上手に使いましょう』)

今回、職員が伝えられたのは、「最後に元気な姿を見たのは何時ごろか」「発見時の呼吸の様子」「持病(高血圧・認知症・脳出血の既往)」でした。それだけで、現場での評価は組み立てやすくなります。「いつもどおりだったのはいつまでか」を、誰かひとりが覚えておく。家族が呼ばれる立場でも同じです。

119番と迷ったときの相談窓口は♯7119の記事に書きました。

記録用のバインダー 「最後にいつ、いつもどおりだったか」——それをメモしておく人が、施設にも家にも必要です(写真はイメージです)

この記事で書かなかったこと

  • この方の最終的な診断名と、その後の経過——書けるのは現場で疑ったところまでです
  • 対光反射がなかったことが、その先どうなるかという見通し——一次資料に確たる記載がない以上、断定はしません
  • 脳出血の治療の詳しい内容や、この方に何が行われたか——書けるのは現場で疑ったところまでです

まとめ

  • 家庭で確かめるのは呼びかけまで。痛みを与えて反応を見るのは医師の手順です(MSD「昏迷と昏睡」)
  • 消防庁リーフレットの高齢者ページは「意識がない(返事がない)またはおかしい」を挙げています。Q助も「受け答えができない」だけで意識の設問に直行し、どの項目を選んでも「いますぐ救急車」です
  • 救急蘇生法の指針2025に、市民が脈を確認する工程はありません。「判断に迷う場合も119番」が原則で、胸骨圧迫を始めた判断は間違いではありません
  • 家族や職員からの情報は、「診断検査よりも役立つことがよくある」とMSDは書いています。最後にいつもどおりだった時刻を、誰かが覚えておいてください

丸窓のある静かな和室 渡せる情報は、その場にいた人にしかありません(写真はイメージです)

家庭に置いておきたい備え

ここから先は、記事の内容に関連して家庭に備えておける市販品を紹介しています。治療や診断の代わりになるものではありません。症状があるときは、まず医療機関にご相談ください。

まず、調べられる本を。

この記事の内容に関係する備え。

  • 家族の記録ノート — 「最後にいつもどおりだった時刻」を書いておく場所を、家族の誰かが決めておくと役立ちます
  • お薬手帳ケース — 持病とお薬手帳は、消防庁が「救急車が来たら伝えてほしい情報」の一つに挙げています
  • 大きな文字の置き時計 — 「何時に見た」を答えるには、まず時計が見えることが必要です

Amazonのアソシエイトとして、救急のリアルは適格販売により収入を得ています。

参考文献

⚠️ 免責事項この記事の情報は一般的な救急知識の情報提供を目的としており、医療行為や医療診断に代わるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。生命の危機を感じる症状は、迷わず119番に通報してください。

関連記事

「熱はありませんでした」——眠っている間に、3回目のけいれん。傷病名は「てんかんの疑い」でした
事案から学ぶ

「熱はありませんでした」——眠っている間に、3回目のけいれん。傷病名は「てんかんの疑い」でした

続きを読む →
「吸入薬は、もう手元にありませんでした」——ひとりで待った、明け方までの息苦しさ。傷病名は「気管支喘息発作の疑い」でした
事案から学ぶ

「吸入薬は、もう手元にありませんでした」——ひとりで待った、明け方までの息苦しさ。傷病名は「気管支喘息発作の疑い」でした

続きを読む →
「脚はむくんでいませんでした」——それでも肺には水がたまっていた。傷病名は「急性心不全(肺水腫)の疑い」でした
事案から学ぶ

「脚はむくんでいませんでした」——それでも肺には水がたまっていた。傷病名は「急性心不全(肺水腫)の疑い」でした

続きを読む →

記事内容に誤りを発見された場合はこちらからご連絡ください(訂正依頼を選択してください)

🚑

救急のリアル 編集部

現役救命士(匿名)|救急歴20年以上

患者さんとご家族のプライバシーを守るため匿名で運営しています。 内容の正確性については、現役救命士として責任をもってお伝えします。

このブログについて →