山で頭が痛くなった。吐き気もする。前の夜に少し飲んだし、朝も早かった。——そう思って、そのまま先へ進む。今日はその話をします。
この記事は、特定のどなたかの事案の話ではありません。典型的な形としては——車やロープウェイで一気に高いところまで上がり、そこから歩き出す。数時間して頭が痛くなる。食欲がなくなって、少し吐く。足もとがふらつく。でも「寝不足と、昨夜のお酒のせいだろう」で説明がついてしまう。だから休まずに、さらに上へ登る。
どこの山かではなく、どれだけの速さで上がったかが問われます(イメージ写真です)
はじめにお伝えしておきます。救急隊は診断をしません。ここから先は、医学資料と公的機関の原文に書いてあることだけを並べます。
山で頭が痛い、吐き気がする——傷病名は「高山病」
高いところで酸素が足りなくなることで起こる病気です。MSDマニュアル家庭版の「高山病」のページには、この記事の入り口そのものが注意書きの箱として置かれていました。
急性高山病(AMS)の症状は、二日酔いや極度の疲労、片頭痛、ウイルス感染の症状と間違われることがあります。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
二日酔い。極度の疲労。片頭痛。ウイルス感染。山で頭が痛くなったときに、まず思いつく説明が4つ、全部並んでいます。どれも「病院に行く理由」にはなりにくい説明です。
同じページには、体力があることは高山病からの保護にはならない、とも書かれています。
頭痛・吐き気・だるさを、疲れや前夜の酒のせいにしてしまいます(イメージ写真です)
「高山病」とは——軽い型と、死に至る2つの型があります
最もよくみられるのは急性高山病(きゅうせいこうざんびょう。軽症型の高山病)です。MSDの記述をそのまま引きます。
通常、標高約2400メートル以下で発症することはありませんが、高山病にかかるリスクが非常に高い人では、より低い高度で発症する可能性があります。通常、高度を上げてから6~10時間以内に症状が現れ、多くの場合、頭痛に加え、ふらつき感、食欲不振、吐き気と嘔吐、疲労、脱力、怒りっぽさなどのほかの症状の1つ以上がみられます。急性高山病の症状を二日酔いのよう、と表現する人もいます。症状は通常、24~48時間続きます。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
「2400メートル以下では発症しない」で終わっていないところが大事です。「リスクが非常に高い人では、より低い高度で」と続きます。だから「この高さなら関係ない」とも「どこでも危ない」とも、この資料からは言えません。
そして、重い型が2つあります。
高地脳浮腫(こうちのうふしゅ。脳に水がたまって腫れること)。
高地脳浮腫はまれですが、脳が水分によって浮腫を起こす病態で、死に至る可能性があります。高地脳浮腫を発症すると、頭痛、錯乱、歩行時にフラフラするなどの体の不調和(運動失調)がみられます。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
まれ。でも死に至る可能性がある。この2つが同じ一文に並んでいます。進む速さも書かれています。
軽い症状から生命を脅かす状態まで数時間以内に急速に進行します。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
高地肺水腫(こうちはいすいしゅ。肺に水がたまること)。こちらには、もっと重い一文があります。
急性高山病の症状がみられない人でも発症する可能性があります。高山病による死亡のほとんどが、高地肺水腫によるものです。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
頭痛も吐き気も出ないまま、いちばん死亡が多い型が始まることがある。軽い段階では、乾いたせきと、軽く動いたあとの息切れ。進むと、安静にしていても息が切れ、皮膚や唇、爪が青くなります(チアノーゼ)。MSDは「夜間に横になると症状が悪化し」とも書いています。休んでいる時間に悪くなる、ということです。
問題は高さではなく、上がる速さのほうです(イメージ写真です)
避けるには・受診の判断——高さではなく、上がる速さ
MSDは、危険因子をこう挙げています。
しかし、一般的には2000メートル以上登り、以下の条件の少なくとも1つを満たす人で、リスクが高くなります。 高山病の既往 海抜もしくは非常に低い高度で居住 急速に高度を上げる 過度の運動 高すぎる標高での睡眠 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
数えると5つ。「高い山に登ること」そのものは、この5つの中にありません。入っているのは「急速に高度を上げる」と「高すぎる標高での睡眠」。速さと、どこで眠るかです。
その日に到達した最高高度よりも、睡眠をとる地点の標高の方が重要です。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
3000メートルを超える標高では、睡眠をとる高度は1日当たり500メートルを超えて上げるべきではなく、睡眠の高度を上げる前には3~4日毎に1日は前日と同じ高度で睡眠をとるようにします(休息日)。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
同行者についても、はっきり書かれています。
症状なしで登ることのできる能力には個人差があります。したがって登山グループの場合は、高度への順化が最も遅いメンバーのペースに合わせるべきです。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
いちばん速い人ではなく、いちばん遅い人に合わせる。お酒にも名指しの一行があります。
大量の飲酒やオピオイド、鎮静薬の使用も避けるべきです(特に睡眠をとる直前)。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
もう1つ、かぜ気味のまま山へ入る人への一文です。
呼吸器感染症は、たとえ軽症でも高地肺水腫のリスクを高める可能性があります。 (MSDマニュアル家庭版「高山病」)
では、救急車を呼ぶ目安はどこにあるのか。全国版救急受診アプリ「Q助」をたどりました。大人(16歳以上)の症状一覧は全43項目で、「高山病」や「登山」の入り口はありません。使えるのは「頭痛」です。
「頭痛」の最初の画面(A003201)には症状が12項目並び、12項目すべてが'20'=いますぐ救急車でした。その項目1が「強い吐き気はありますか? 〔または〕吐きましたか?」、項目7が「体がフワフワしていますか? 〔または〕 めまいがありますか?」。頭痛に吐き気、または頭痛にふらつき。急性高山病の典型そのものが、1画面目で救急車側に落ちます。
12項目のどれにも当てはまらないと次(A003202)へ進み、5項目のどれかに当たるとA003204で「高齢者(65歳以上)ですか?」「歩くことができない状態ですか?」を聞かれます。どちらかなら'20'、どちらでもなければ'21'=今すぐ受診(2時間以内)です。
ただしQ助は「今おかしい」ときの道具で、山の上での使い方を想定した問いではありません。電波が届かない場所もあります。国の資料も見ておきました。『救急蘇生法の指針2025(市民用)』全69ページは「高山病」「高山」「標高」「登山」「高地」がいずれも0件。消防庁のリーフレット全8ページも「高山病」「登山」は0件で、おとなの「頭」の欄に並ぶのは「突然の激しい頭痛」「突然の高熱」「支えなしで立てないぐらい急にふらつく」の3項目。どれも急な出方を表す言葉です。病名として書かれていない。だから「書いていないから軽い」とは読まないでください。
その日に着いた最高地点より、眠る場所の標高のほうが重要だと書かれています(イメージ写真です)
最善の治療は、標高を下げることだと書かれています(イメージ写真です)

