大きなあくびをしたあと、口が閉じられなくなった。今日はその話をします。
この記事は、特定のどなたかの事案の話ではありません。典型的な形としては——あくびをした。あごが大きく開いたまま、戻らない。ぶつけてもいないし、転んでもいない。だから「けがではないのだから、そのうち戻る」と考えてしまう。
ここに書くのは資料に書かれていることだけです。いちばん伝えたいことを先に書きます。自分で戻そうとしないでください。
あくびは、あごを一日でいちばん大きく開く動作です(イメージ写真です)
口が閉じられなくなります——傷病名は「顎関節脱臼」
『MSDマニュアル家庭版』の「顎関節脱臼」(最終更新2024年11月)は、冒頭でこう書いています。
あごの関節が脱臼すると、一般的には激痛を伴う急を要する歯科的問題であり、早急な医師または歯科医師による手当てが必要になります。口を閉じることができなくなり、あごが片方へねじれることがあります。あごの脱臼は、けがが原因で起こることもありますが、典型的には口を大きく開きすぎること(例えば、あくび、大きなサンドイッチにかぶりつく、嘔吐、歯科処置の際など)が原因で起こります。 (MSDマニュアル家庭版「顎関節脱臼」)
一文ずつ分けます。
起きることは、「口を閉じることができなくなる」。開かなくなるのではありません。開いたまま閉じられなくなるのです。あごが片方へねじれることもある、と書かれています。
原因は、けがだけではありません。MSDが典型として挙げているのは「口を大きく開きすぎること」で、例として並ぶのはあくび、大きなサンドイッチにかぶりつく、嘔吐、歯科処置の4つです。数えて4つです。ぶつけた・転んだという出来事が、どこにもありません。吐いたあとに口が閉じなくなる形もありうる、ということです。
そして、行き先は早急な医師または歯科医師による手当て。理由は同じ章の序論に書かれています。
口と歯(口腔)のトラブルには、苦痛を軽減し口腔の構造に与えるダメージを最小限に抑えるために、緊急に治療が必要なものがあります。 (MSDマニュアル家庭版「急を要する歯科的問題に関する序論」)
資料は原因の一つに「大きなサンドイッチにかぶりつく」を挙げています(イメージ写真です)
「顎関節脱臼」とは
顎関節(がくかんせつ=あごの関節)がどこにあるか、MSDの別のページが書いています。
顎関節は顔の両側に1つずつ、計2つあり、耳のすぐ前に位置しており、頭蓋骨の両側にある側頭骨と下顎骨をつないでいます。靱帯(じんたい)、腱、筋肉がこの関節を支え、あごを動かしています。 (MSDマニュアル家庭版「顎関節症(TMD)」)
耳のすぐ前に、左右1つずつ。指を当てて口を開け閉めすると動くのが分かる場所です。支えているのは靱帯(骨と骨をつなぐ丈夫なひも)。これがゆるむと、どうなるか。
顎関節を連結している靱帯が二重関節のように過度に長くなると、顎関節の過可動性(あごがゆるい状態)が生じます。過可動性が生じると、関節の形状、靱帯のゆるみ(弛緩)、筋肉の緊張によって、通常は顎関節が脱臼します。口を無理に大きく開けようとしたり、あごをぶつけたりしたことが原因で発生することがあります。 (同)
「通常は顎関節が脱臼します」——ゆるい状態があると、外れるほうが普通だというのです。だから、一度起きた人には次があります。
あごの脱臼は、以前にも脱臼を経験した人や、あごの関節がゆるんでいる人(顎関節疾患の結果ゆるむことがある)では起こる可能性が高まります。 (MSDマニュアル家庭版「顎関節脱臼」)
以前にも脱臼した人と、あごの関節がゆるんでいる人の2つです。心当たりがあるなら、この記事の後半が本番です。
口が閉じられないと、食事がそのまま残ります(イメージ写真です)
自分で戻そうとしないでください
治療については、MSDはこう書いています。
一般的には、医師や歯科医師が手であごを元の位置に戻します(徒手整復)。 (同)
手で戻す治療がある、という事実だけをここに書きます。やり方は書きません。原文には方法が載っていますが、それは医師と歯科医師が読むための記述です。
なぜ家庭でできないのか。脱臼全般について、MSDがこう書いています。
通常、整復は痛みを伴うため、整復の前に患者に鎮痛薬や鎮静薬を投与するか、麻酔を施す、またはその両方を行います。 (MSDマニュアル家庭版「脱臼の概要」)
整復(関節を元の位置に戻す処置)には、薬が要る。鎮痛薬か鎮静薬、あるいは麻酔です。自分で戻そうとしないでください。押す、引く、下から突き上げる、どれもしないでください。
どこに行けばいいか
総務省消防庁の「全国版救急受診アプリ(Q助)」で、あごが外れた人がたどる道を最後まで追いました。Q助は自分で答えて受診の目安を出すアプリで、病名を判定するものではありません。入口は「口の中や歯の問題(大人・こども)」。大人の症状選択とこどもの症状選択の両方に、同じ名前で置かれています。
最初の画面は全7項目で、1つでも当てはまれば「いますぐ救急車を呼びましょう」。その項目1が「舌、唇、口蓋(うわあごのあたり)、歯茎(はぐき)・歯肉、あごの激しい痛みがありますか?(けがの有無によらない)。」です。「けがの有無によらない」と、わざわざ書かれています。MSDが「一般的には激痛を伴う」と書いている症状なので、多くの人はここで止まります。
激痛ではなかった人が「どれにもあてはまらない」で次へ進みます。2画面目は全9項目で、項目4が「あごが動かないですか? 〔または〕 口が開かないですか? 〔または〕 あごが外れていますか?」。担当科は「救急科・外科・耳鼻咽喉科・歯科・口腔外科」。国のアプリが「あごが外れていますか」と名指しで聞いています。
ここで「はい」と答えると、次は2項目だけです。65歳以上か6歳未満か妊娠中か/歩くことができない状態か。どちらかに当てはまれば「いますぐ救急車」。どちらにも当てはまらなければ「2時間をめやすに受診しましょう」。
つまり、「様子をみて受診しましょう」に行き着く道はありません。最短でも2時間をめやす、多くは即・救急車です。
ひとつ注意があります。最初の画面の項目4は「下の歯(下顎)、首、胸、肩、腕のいずれかの痛みがありますか?その痛みが続いていますか?」で、これはあごの関節の話ではありません。『救急蘇生法の指針2025(市民用)』の急性心筋梗塞の項に、こうあります。
歯やあごのうずくような感じ、喉の苦しさや熱い感じといった症状で、歯科や耳鼻咽喉科を受診する人もいます。 (救急蘇生法の指針2025 市民用「3)急性心筋梗塞の症状」)
あごの痛みだけを手がかりに、自分で病名を決めないでください。
なお、この指針2025の全69ページに「顎」「脱臼」は0件でした。「あご」は10回出てきますが、9回が気道確保の手技(頭部後屈あご先挙上法)の説明、1回が上の急性心筋梗塞の症状で、あごが外れた話は1行もありません。消防庁のリーフレット『救急車を上手に使いましょう』(全8ページ)にも「顎」「あご」「脱臼」「歯」は0件。国の市民向け資料は、この傷病名を扱っていません。だからQ助の項目4が、ほぼ唯一の手がかりになります。
行き先は、救急科・外科・耳鼻咽喉科・歯科・口腔外科です(イメージ写真です)
戻ったあとは、食べるものを細かく切る必要があります(イメージ写真です)

