交通事故のあと、話せている。歩くこともできる。本人が訴えているのは胸の痛みだけ。そんなとき、見える範囲だけで「大きなけがはなさそう」と考えてしまうかもしれません。
今回は、乗用車とトラックの交通事故で、胸の痛みを訴えた60代後半の男性の実事案です。病院記録の初診時傷病名は「頸椎捻挫・頭部打撲」でした。本人が最初に訴える場所と、病院で評価されるけがの部位が同じとは限りません。歩けることや会話できることだけで判断せず、事故の経過と変化を伝える。その大切さを、記録と一般的な注意を分けて説明します。
掲載写真はすべてAI生成の説明用イメージです。実患者・家族・車両・事故現場・処置を再現したものではありません。氏名、地域、日時、所属など、個人を特定する情報は掲載していません。
胸の痛みという通報と、病院に記録された傷病名
救急報告書の通報内容欄には、次の記載があります。
トラックと車の交通事故。車側の高齢男性、胸が苦しい。
通報内容欄からの原文引用です。通報者名などは掲載していません。通話音声を直接確認した引用ではありません。
男性は乗用車の運転者で、接触時には運転席に座っていました。意識ははっきりしており、胸の痛みを訴えていました。報告書には、自力歩行が可能で、明らかな外傷、手足のしびれや麻痺はなく、聴診上の呼吸音も良好だったと記録されています。事故当時のことは覚えているとの説明もありました。
高血圧で通院している背景も記録されています。ただし、高血圧が事故の原因だったことや、胸の痛みが心臓の病気だったことを示す資料ではありません。今回の事故との因果関係を推測して補うことはしません。
一方、搬送後の病院記録では、初診時傷病名欄に頸椎捻挫と頭部打撲が記載されています。最終診断名欄は空欄です。したがって、「最終的にその二つだけのけがだった」「検査でほかの病気が否定された」とまでは言えません。画像検査の結果や、その後の回復経過も、この資料からは確認できません。
車内の一般的なイメージです。実際の車や事故時の姿勢、ベルトの状態を示していません。
頸椎捻挫・頭部打撲とは、どの部分のけがか
頸椎は首の部分の背骨です。頸椎捻挫という傷病名は首のけがを表しますが、その文字だけで損傷した組織や重さのすべてが分かるわけではありません。英国NHSのむち打ち損傷の説明では、頭部の急な動きによる首の損傷として、首の痛みやこわばりなどを説明しています。
今回の記録から、事故時に頭や首がどちらへ何回動いたか、どこへ頭をぶつけたかは分かりません。一般的な仕組みの説明を、そのままこの男性の事故の再現として扱わないことが大切です。
頭部打撲は、頭を打ったけがを示す言葉です。この記載だけで、脳しんとうや頭の中の出血があると診断することも、逆にないと保証することもできません。病院で何を調べ、どう判断したかは、医療者の説明を確認する必要があります。
この事案から言えるのは、通報では胸の苦しさが伝えられていた一方、初診時には首と頭の傷病名も記録されたということです。胸の痛みを軽く扱う理由ではなく、訴えのある場所だけで全身の評価を終えないための例として読んでください。
事故直後は「歩けますか」と試すより、今の状態を伝える
消防庁の救急車利用リーフレットも、強い衝撃を受けた交通事故などを救急要請の目安に挙げています。「歩けるから受診はいらない」と、家庭で結論を出すための確認動作を増やさないことが大切です。
通報では、事故であること、本人のいる場所、訴えている症状、呼びかけへの反応と呼吸の様子を伝えます。すでに歩いていたならその事実を伝え、確かめるためにもう一度歩いてもらう必要はありません。見えていないことは分からないと答えて構いません。119番で伝える情報の整理も確認しておいてください。
連絡のイメージです。実際の通報者や事故現場ではありません。
伝える情報を準備するイメージです。実際の薬や患者の情報はありません。
受診時の情報整理を表すイメージです。実患者や家族を再現していません。

