救急救命士として現場に立っていると、「これは事故のケガの話だと思っていたら、まったく別の病気だった」ということがあります。
今回お伝えするのは、実際に私が経験した事案を、個人が特定されないよう内容をぼかしたうえでご紹介するものです。ある地方都市の住宅街の道路で、夏のある夜に起きた出来事です。
見た目には「交通事故のあとの様子見」に見えた状態が、実は熱中症だった——ご家族が同じ場面に出会ったときに思い出していただきたい話です。
「事故のあと、なんだか立てなくなった」——その一言に、別の危険が隠れていることがあります
事案の情景——「事故処理中」の高齢男性
夏の蒸し暑い夜でした。住宅街の道路で、軽微な交通事故が起きました。ケガはごく軽く、当初は「現場で状況を確認して終わり」という雰囲気でした。
事故の当事者は、80歳代の男性。認知症がありました。
ところが、現場での確認が始まってしばらくすると、その男性の様子が変わってきました。「立っていられない」「座り込んでしまう」「同じような訴えが増える」——最初の「事故のあとの動揺」では説明がつかない変化でした。
私たちが到着して確認したときのバイタル(体の状態を示す数値)は、意識レベルはJCS1。これは「だいたい普段どおり」に近い状態で、ご家族も「いつもとそんなに変わらない受け答え」と話していました。認知症があるぶん、もともとの受け答えを基準に見る必要があります。
体温は37.9℃。ほかの数値は安定していました。
「事故処理中の様子見」から、私たちの見立ては「熱中症を疑う急病」へと切り替わりました。蒸し暑い屋外で、事故の確認のために30分ほど立ち続けていたことが、この男性の体には大きな負担になっていたのです。
きっかけは交通事故。でも、運ぶ理由は「熱中症の疑い」に変わりました
その場には、事故対応にあたる屈強な若い方たちもいました。同じ蒸し暑さの中に同じだけいても、その人たちはケロッとしていました。けれど、高齢の男性にとっては、その30分が限界を超えていたのです。
**同じ環境にいても、高齢者だけが先に倒れる。**これは、熱中症の現場でくり返し見る光景です。
昼間に体にたまった熱は、夜になってもすぐには抜けません
なぜ見逃されやすいのか
この事案が「熱中症」と気づかれにくかった理由は、いくつも重なっています。
① きっかけが「事故」だった
最初の関心が「交通事故のケガ」に向いていたため、その後の不調も「事故の動揺」「ケガのせい」と受け取られやすい状況でした。実際には、暑い屋外に長くいたことが原因だったのですが、そこに意識が向きにくかったのです。
② 認知症があると、訴えがはっきりしない
認知症のある方は、「暑い」「のどが渇いた」「気分が悪い」といった不調を、自分の言葉ではっきり伝えるのが難しいことがあります。訴えが増えても、それが体調のサインなのか、いつもの言動なのか、周りには判断がつきにくい。
これは統計というより、現場での実感です。認知症があると、水分をとる・涼しい場所へ移る、といった自分を守る行動も、周りの見守りなしには難しくなります。
③ 意識レベルが「普段どおり」に見える
この男性の意識レベルはJCS1で、ご家族も「いつもと変わらない」と感じていました。認知症の方は、もともとの受け答えがあるぶん、「いつもどおりに見える」ことが、かえって異変を隠してしまいます。
「いつもどおり」に見えることが、認知症の高齢者ではむしろ落とし穴になります
④ 高齢者の体は、そもそも熱に弱い
環境省の熱中症環境保健マニュアルは、高齢者の特徴として次のような点を挙げています。
- 暑さを感じにくくなる(皮膚が暑さを察知する感度が下がる)
- のどの渇きを感じにくくなる(気づかないうちに脱水が進む)
- 汗をかいたり皮膚に血を巡らせたりする反応が遅く、熱を逃がしにくい
- 体の中の水分量が、若い人より少ない
つまり高齢者は、「暑い」と自覚する前に、体の中では熱がたまり、水分が失われているのです。しかもこれは屋外だけの話ではなく、環境省は室内や就寝中の熱中症にも注意を促しています。
若く元気な人が平気な環境でも、高齢者にとっては危険——その差が、この夜の現場にはっきり表れていました。
若い人が「まだ大丈夫」の環境が、高齢者には「もう限界」であることがあります
体温は手がかりの一つ。でも「意識・言動がいつもと違うか」のほうが大切です
高齢者は「のどが渇いた」と感じにくい。渇く前に、周りから声をかけて
「ちょっとそこの日陰で座って待っていて」——その一言が体を守ります
近くに涼める車や室内があるなら、遠慮なく使ってください
「若い人が平気でも、高齢者は別」——その一言を、心にとめておいてください

