夜中、子どもが泣いて起きる。熱もある。耳のあたりを手で押さえている。今日は、その話をします。
この記事は、特定のどなたかの事案の話ではありません。典型的な形としては——数日前からかぜをひいていた2歳くらいの子どもが、昼のうちは鼻水と軽い咳だけで、機嫌も悪くなかった。それが夜中に突然泣きだす。抱いても泣きやまない。熱を測ると38℃を超え、片方の耳のあたりを手でこすっている。朝になると少し落ち着いたように見えるので、「かぜのせいだろう」と考えてひと晩やり過ごす——という形で起こります。
現役救命士として夜間の現場に行ってきた経験から言うと、小さな子どもの「泣いて止まらない」で呼ばれたとき、家族が最初に言うのはたいてい「どこが痛いのか分からないんです」です。言葉で場所を言えない年齢ほど、痛みの出どころは外から見えません。耳はその代表だと思います。

夜が明けるまでの時間は、長く感じます。(イメージ写真です)
かぜのあと、夜中に泣いて起きる——傷病名は「急性中耳炎」でした
急性中耳炎は、耳の奥にある中耳という空間が感染で炎症を起こした状態です。MSDマニュアル家庭版は冒頭で、これがかぜやアレルギーの合併症としてよくみられる、と書いています。そして年齢について、こう書いています。
急性中耳炎はどの年齢でも発生しますが、生後3カ月~3歳で最も多くみられます。 (MSDマニュアル家庭版「急性中耳炎」)
理由も同じページにあります。中耳と鼻の奥をつないでいる耳管(じかん。耳の中の空気の通り道)などの構造が未成熟で、大人に比べてうまく働かないためだ、という説明です。この年齢に多いのは体の造りの話で、育て方の問題ではありません。
そして、こう書かれています。
乳児では、単にぐずったり、あまり眠らなかったりするだけの場合もあります。 (MSDマニュアル家庭版「急性中耳炎」)
「耳が痛い」と言ってくれるとは限らない、ということです。資料は幼児については、発熱、吐き気、嘔吐、下痢がよく起こる、とも書いています。耳の症状よりも先に、おなかの症状や機嫌の悪さが目につくことがある、ということです。

言葉で「ここが痛い」と言えない年齢ほど、痛みの出どころは外から見えません。(イメージ写真です)
急性中耳炎とは——痛みが和らいだ理由が、よくなったからとは限りません
MSDは、感染した耳が痛み、鼓膜が赤く腫れ、多くの人で難聴がみられる、と書いています。鼓膜の様子は医師がオトスコープ(手持ち式のライト)で見るもので、家庭でのぞいて確かめるものではありません。
覚えておきたい記述がもう一つあります。
ときに膨らんだ鼓膜が破裂して、膿が耳から流れ出し、ときに耳の痛みが和らぐことがあります。 (MSDマニュアル家庭版「急性中耳炎」)
痛みが引いたのに耳から何か出てきている、という流れが、治ったことを意味するとは限らないということです。それが何なのかを家庭で判定する必要も、拭き取ったり綿棒で触ったりする必要もありません。「痛みが和らいだあとに耳から何か出た」という事実をそのまま受診先に伝えれば十分です。
広がり方についても書かれています。細菌による中耳炎が耳の後ろの乳様突起や内耳に広がることがあり、脳へ広がることは極めてまれだが髄膜炎などが起こりうる、という記述です。あわせて、感染が広がると重度の頭痛、錯乱、脳機能の障害がみられることがある、とも書かれています。頻度の話ではなく、「頭痛や様子のおかしさが出たら耳の話で終わらせない」という目印です。

痛みが和らいだことが、治ったという意味とは限りません。(イメージ写真です)
避けるには、そして受診の判断——「大半は治ってしまう」を家庭で当てにしない
まず、避けるほうの話です。MSDは危険因子を5つ挙げています。喫煙者がいる家庭で生活していること、中耳炎を発症したことがある近親者が多いこと、大気汚染のひどい地域で生活していること、母乳栄養ではなく人工栄養で育てられていること、託児所を利用していること、の5つです。変えられるものと変えられないものが混ざっていますが、予防の項には家庭でできることが書かれています。
乳児に哺乳びんをもたせたまま眠らせると、液体が耳管を通って中耳に入りやすくなるため、絶対に行ってはいけません。 (MSDマニュアル家庭版「急性中耳炎」)
受動喫煙がリスクを増やす可能性があるため、特に家の中や子どもの周囲では禁煙すべきだ、とも書かれています。あわせて、肺炎球菌、インフルエンザ菌b型(HiB)、インフルエンザに対する定期予防接種でリスクを下げられる、ともあります。
そのうえで、治療の項です。ここが今日の軸です。
急性中耳炎の大半は治療をしなくても回復します。 (MSDマニュアル家庭版「急性中耳炎」)
この一文だけを取り出すと、「放っておけばいい」と読めてしまいます。ところが資料は、このすぐあとに「症状が緩和しない人を予測するのは難しい」と続けます。そして、抗菌薬を使うかどうかの判断材料を並べています。年齢が低いこと(例えば生後6カ月未満)、症状が重いこと、症状が72時間経過しても緩和しないこと、中耳炎が頻繁に再発すること。さらに、最初に抗菌薬を使わない場合は、病状が悪化するか、症状が始まってから48~72時間経過してもよくならない場合に投与する、という書き方になっています。
読み方はこうなります。「多くは自然によくなる」というのは、診てもらったうえで経過を追う話であって、受診するかどうかを家庭で決めてよいという話ではありません。抗菌薬を使うかどうかも、鼓膜を見た人が決めることです。
痛みについては、短くこう書かれています。
治療では痛みの緩和が重要です。 (MSDマニュアル家庭版「急性中耳炎」)
痛みと熱は、ほうっておく対象ではなく対処する対象だということです。ただし何をどう使うかは受診先で相談してください。もう一つ、家庭の買い物に関わる注意が原文にあります。
小児では鼻閉改善薬と抗ヒスタミン薬は役に立たず、厄介かつ危険となる可能性がある副作用が生じることもあります(特に2歳未満の小児で)。 (MSDマニュアル家庭版「急性中耳炎」)
鼻づまりを抑えれば耳もよくなるのでは、という発想は自然ですが、子どもについては資料が明確に否定しています。

支度をして、いつから何があったかを持っていく。(イメージ写真です)
総務省消防庁の全国版救急受診アプリ「Q助」には、こども側に「耳痛・耳だれ」という入口があります。最初の画面は8項目で、そのうち項目3が「痛み止めを飲んでも効かない・眠れないほどの痛みですか?」、項目4が「耳 〔または〕 その周囲の痛みが強いですか?」です。夜中に泣いて眠れない状態は、この2つに正面から当たります。
たどってみると、8項目はどれを選んでも同じ次の画面に進み、そこは「1歳未満ですか?」なら「いますぐ救急車を呼びましょう」、それ以外は「2時間をめやすに病院に行かれたほうが良いでしょう」になります。8項目のどれにも当てはまらない場合は次の画面が「耳の穴から膿が出ていますか? 〔または〕 耳だれがありますか?」ですが、これを選んでも選ばなくても行き先は同じで、1歳未満なら「2時間をめやす」、それ以外は「夜間でしたら翌日の診察でもかまいません」でした。
つまり、この入口から「引き続き、注意して様子をみてください」という結果に行き着く道は一本もありません。どこを通っても受診する側に出ます。なお、こどもの「発熱」の入口にも項目17「耳を痛がりますか?」と項目18「耳の穴から膿が出ていますか? 〔または〕 耳だれがありますか?」があり、どちらもこの「耳痛・耳だれ」へ送られます。熱から入っても耳の話に合流する作りです。
一方で、日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会『救急蘇生法の指針2025(市民用)』の全69ページには、「中耳炎」「中耳」「鼓膜」「耳だれ」「耳痛」はいずれも0件でした。単純な検索でも、ルビで語が分断されている場合を許す検索でも0件です。市民向けの救命手当の手引きなので、書かれていないこと自体は不思議ではありません。



